無常と無情

人は亡くなって尚、その命の儚さ尊さを教えてくれる。
癌のカミングアウトにOfficeにやってきた知人が亡くなった。余命3~4ヶ月と聞いてからたった3ヶ月だった。

お世話になった皆さんに、店のお客さんにも挨拶をしていると仰っていた。癌が見つかった時点でステージ4.末期である。自分自身がそれを受け入れるためにもみんなに報告をされていたのだろう。人は皆、それぞれの死生観があるが、生と死を見つめての3ヶ月だったに違いない。

葬式に参列した。神は無情にも現実を見つめさせてくれる。倒れそうな奥さんと固まった息子。おそらく心をどう静めていいかわからない天真爛漫な娘さん。切なく、悲しい現実が遺体とともにそこにあった。

激痩せした遺体は癌に無情に痛めつけられたことを見せつける。
月曜の未明に奇しくも立ちくらみで意識を失って倒れ背中を思いっきり打って。立って歩けず、這いながら寝室にもどり、なんともじっとりとした冷や汗をかいて、『あれ、なんか、やばい』と思ったが、水を飲んで、薬を飲んで大事には至らなかった。ジンジンする痛みを背中に感じながらベッドにたどり着いた。真っ暗で見えない部屋で眼を見開いて天井を見ながら、今は故人となられた方の痛みをふっと思った。
それから9時間後には彼は亡くなった。

悪夢のような激痛の日々だったに違いない。遺していく奥さんとお子さんたちのことを思えば死んでも死に切れない気持ちだったのではと思う。あるいはこの世の無常さを受け入れて、達観されていたかも知れない。
いい人ほど神に愛され召されていくというが、痛みから開放されて安らかに旅立ってほしいと願う。

現実は時として無情であるが世の中は無常で、流れる水のようにとどまることはないし、多分とどまってはいけないのだと思う。
遺されたご家族が進んでいけるよう、守っていてあげてほしい。

彼を送った言葉はありがとうとさようなら。

合掌
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by sonnenblumensan | 2011-08-24 22:31 | 徒然
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