カテゴリ:郷愁( 17 )

残念な日本

9月、1年ぶりの里帰りを果たしました。
Jet Starの成田ーメルボルンの就航で、とってもお得な値段がでたので、会社や家族に有無を言わさず、さっさと買って、事後報告。
といっても、仕事は自分次第なので大丈夫なことは目に見えていたし、実際、誰の手を煩わすこともなかったようです。
年20日頂く有休は、全部消化しているわけじゃないけど、それは私の都合でしていないだけのことであって、仕事に穴が空かなければ何の躊躇もなく、休めます。
日系企業ですが、現地法人ですから、基本権利は守られていますし、私よりも上司たちが自由奔放なので、とても楽をしています。杓子定規ではなく、Practicalです。
ありがたいことです。

家のほうが娘の撮影の仕事や、学校や、試験や、、、で大変そうだけど、チケット取った時はダーリンがいるからいいわーと思って気軽にでも、短めの一人旅にしました。
結果的にはダーリンにも日本への出張がはいり、子どもたちだけで1週間過ごすことになりましたけど。

日本にいた時は日本の息が詰まりそうな社会に、杓子定規的な人の多さ、長いものに巻かれ、出る杭は打たれ、とにかく人と違うことをひたすら恐れなければならないような社会に、辟易していました。
反対にこちらに来れば、そういう民族性だから、きちんと電車は来るし、宅急便も時間指定ができるし、ずるをする人が少ないというか(村八分にならないようお互いを監視していると言うか)勤勉は素晴らしい!!と改めて思いました。
幸か不幸かのデフレで美味しいものが安く食べられ、生活費も安くて、インフレの激しいオーストラリアの足らないところが日に日に大きくなっていきました。。

私は日本の食文化、着物など衣服の文化、昔の田舎の暮らし、歴史、田園の風景、都会の風景など独特の文化や風景に強く郷愁の念があるので、日本に帰るとなると、いつも手を出しすぎて中途半端で終わって後ろ髪を引かれています。
それに、こだわりの物づくりの美しい工芸品や、アイデア商品など、マテリアル的なものでは刺激され続けます。
そういえば子供たちが小さくて専業主婦だったころ、買い物中毒、本中毒になりかけてました・・
日本にいても、オーストラリアにいても批判的に足りないことや無いことを見てしまう私ですが、反対にどちらにも魅力はあって。いいところにフォーカスできる人はどこへ行っても幸せに暮らせるのだと思います。

要は、無いものに”執着しない”ことが大切なのだなあと思うわけです。

日本は何でもそろっていて、コンビニのおにぎりも美味しいし、安くていい!!とはよく聞きますが。確かに100円ショップに始まり、量販店の衣服など、バーゲン品がこちらに比べれば断然多いと思います。でもコンビニのおにぎりは最初の一口は美味しいけど、あとはやっぱりそうでもないし、添加物だらけだし、サイゼリアのチープなワインはチープな味だし。やっぱり日本でも "you get what you pay for" なのです。

でも、ランチのお弁当が2千円とか、焼肉食べて3千円とか、やっぱり、安くて美味しいものは一杯で。私の日本での幸福感はほとんど食べ物のおかげなのです。
旨い日本酒に酒の肴、大切な人たち。私に必要なのはこれだけ!といつも思えて、後ろ髪を思い切り引かれながら、あーン!もっと日本にいたいよーと泣きながら帰ってくるのです。

が、こちらへ帰ると、別の安心感が。。
思うに、権利が守られていることや、社会的な成熟による自由さからくるのだと思います。

上司が残るから残業とか、残業を強いられているのに残業代がでないとか。産休や育児休暇や有給休暇が取りづらいなんて、基本的な人権が守られていれば、お互い様で、自分の権利も相手の権利も守られて当然なのです。しかも社則にもなっているのに、名ばかりで取れないとか。仕事ができないと言われるとか。

パワハラや、モラハラはこちらにもありますが、有休があるのにとれないなんていうのは聞いたことがないし、みんな自分のために働いているので会社の奴隷ではないわけです。そういう平たく言えば人権に対する意識が圧倒的に足りないのが日本の社会に思えます。とても残念な日本です。
我慢して仕事をする人はどちらの国にも一杯います。でも基本的なところを法によって守られているので、有休が取れないなんて会社はすぐに訴訟です。
我慢してはたらいて、一生懸命遊ぶ人も多いこの国。勿論仕事人間だっていますが。

日本のお互いを思いやり、電車の奥までつめるとか、列にきちんと並ぶとか、そんな配慮を会社でもお互いが休めるように配慮すればいいのに。。と思います。
こっちでは電車がいくら混んでいても人は他の人などかまわず自分の立ちたいところに立つし、ごみは、道路に捨てるし、日本の爪の垢でも煎じて飲んでもらって、その超個人主義に他者への配慮も加えようよーーと言いたくなることもあります。

隣の芝は青く見えるだけなのかしら・・・


・あなた自身を大切にするように私も大切に扱ってください。
・私を大切にしてるので貴方も大切にしてあげます。

後者のほうが強い感じがしますね




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by sonnenblumensan | 2014-10-24 21:47 | 郷愁

重陽の節句

重陽の節句ですね。
日本にいたなら今頃、菊花酒でも飲んでたりするんじゃないかと。でも日本にいたら重陽の節句は七夕やひな祭りやこどもの日、みたいに幼稚園の年中行事にないので忘れていたかもな~~。でも菊の葉っぱの天ぷらは食べてそう。
来週は中秋の名月。
子どもの頃、庭にゴザ敷いて団子とススキの入った花瓶を小さな机の上において、親と月見をしました。ゴザの上に靴を脱いで上がるのがままごとみたいでワクワクしたっけ。毎年したわけではないけど、今から思えば風流だったなぁ。月の中にウサギは勿論、他国では女の人の顔だったり、蟹だったりするのだと父に教えられ延々と見ていた記憶があります。

星を見るのも大好きで、北極星と北斗七星はすぐ見つけられたし、夏は白鳥座とかベガとか、冬はオリオン座とか探してそれが動いていくのを時間を追って観測するのが好きでした。田舎なので星は降るほど見えましたが、年々見えなくなって。今ではもう降るほどの星は実家の庭からは見えません。

こちらは南半球。勿論北極星は見えませんが天の川はみえるし、オリオン座だって見えます。なんてったって南十字星があります。そして昔、実家で星空を眺めたように、普通に星がみえます。
グランピアンズやフィリップ島等田舎に行けば星が降ってくるほど見えます。キャンプに行けば子供と星空を見ましたが、残念ながら子供たちは星の観測には興味がなかったみたい。

ハニーちゃんの誕生日のパーティは自分でオーガナイズしてました。けど、ダーリンがイソイソと手伝って、裏庭にテント張って、キャンプファイヤーの用意して二人でジュースやお菓子やマシュマロいっぱい買って。Sleep Over Party.
マシュマロ串にさして溶かして食べて、(こちらではキャンプファイヤーの定番)フォークギター鳴らして歌ってみたり。あら~可愛い!と思ったのもつかの間。Lap Topテントに入れて、映画鑑賞会してました。やっぱりここらが現代っこ。

焚き火はやっぱりいいにおいがして、こういうの好きだなぁ~~。自然にかえるひと時。
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by sonnenblumensan | 2011-09-09 21:18 | 郷愁

Keep Eating

頂きもののわさび漬けをちびちび食べてると、やっぱ日本酒だよな~って、ついつい飲んでしまってます。。
最近はアジの干物を作ったり。だしをとった昆布を冷凍しておいたものを溜め込んで昆布の佃煮にしたり。サバの味噌煮とか塩焼きとか。ブリの照り焼きとか塩釜とか。シンプルで、でも美味い物。せっせと作ってせっせと食べてる。冷蔵庫の掃除と称してどんどん片して。ダーリンの作ったパンの硬くなったものは冷凍しておいてまとめてパン粉にしたり・・

今晩は最近安くなったアサリで味噌汁。アー日本人でよかったと思える美味しさだ。時々、美味しい刺身食べたい!!と思うこともあるけど。ま、たまには食べるけど。やっぱり日本のようには行かない。木綿豆腐で厚揚げ作ってさっとかつお節と醬油で頂くとか。なんでもないことが普通には手に入らないので必死で手に入れてるって感じ。郷愁の感が年とともに深くなっていくのかな。

知り合いの20代前半の若い女の子が日本から帰ってきてやっぱり日本食が世界で一番美味しいと言ったけど。それは貴方が日本人だからそう思うだけのことであって、こっちのオージーは月に何度も日本食のレストランには行かないのが普通ではないかと言う話になった。日本食を食べたことがない人だって沢山いる。
毎日カレーを食べるインド人のように私たちは毎日カレーは食べられない。いや、食べられるかも知れないけど、食べたくない。私の大好きな韓国料理だって、多分週3回も食べたらもういいって思うと思う。キムチを漬けて結構食べてるけど。そんな感じでダーリンも3日も和食が続くと『またぁ?』って感じになる。
因みにダーリンは初めて日本に来たときがビジネスだったので(しかもバブル最盛期)結構いい料亭
に連れて行ってもらって美味しい思いをいっぱいしたらしい。和食イコール、高級で美味しいもの。と言うデビューだったので日本食は大好き。

それでも、私が3週間以上海外にいるとお茶漬けやおにぎりがご馳走になったように、和食が続くと美味しいパンとチーズとサラミでとおっても幸せそうなダーリン。いずれも郷愁の食卓が各々あるのだ。

日本だって全てが美味しかったわけじゃない。ご飯の美味しくない食堂もいっぱいあったし、アルデンテなんて関係ないパスタのお店もいっぱいあった。ただ、海外に長くいるとやっぱり美味しい所の思い出だけが色濃いからなぁ・・。その思い出を胸に今日もせっせと手作りをする。でも、ある意味贅沢な食の喜びだなあ。きっと。
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by sonnenblumensan | 2010-02-22 21:36 | 郷愁

湿度

第60回NHK紅白歌合戦を撮ったビデオを半分くらい見た。Suzan Boyleまで。

紅白を見ていて思い出すのは日本の湿気。オーストラリアではあの白々しいまでの熱気は多分、かゆい。湿気がないので空気が乾きすぎて、肌に合わないんだなきっと。カサカサしてきて痒くなる。

日本の湿気は間違いなく日本の文化を育んでいると思う。

しっとりとした日本人は日本の空気の中で育まれ、カラッとしたオージー気質はオーストラリアの大地で育まれていく。多分。何百年かしたらQLDとWAでは違う文化が育まれている?その頃、日本はもう海水の下になってるかな。それとも富士山の人口密度が高くなってる?

日本人にとっての紅白はオージーにとってのクリスマスキャロルかな。毎年必ず見るという、近所のおばあちゃん。

紅白を10年ぶり位にみて、わ~この人年取った~~って言う人の多いこと。美容に抜かりない芸能人を見ていてそう思うのだから、私たちなんて言うまでもなく。。ですね。

かさかさになった肌を引っ掻きながら思う。結構悪くないのだよ、湿気も。日本にいたときはうっとおしい以外の何者でもなかった湿気が妙に懐かしい今日この頃。紅白の後半を楽しみたいと思う。
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by sonnenblumensan | 2010-01-06 22:14 | 郷愁

世界遺産ツアー

もうすぐ3週間半の日本旅行に出発です。3年ぶりの日本。温泉三昧の世界遺産巡りを予定しています。
里帰りも勿論兼ねていて。実家には10日ほど帰る予定。
心はもうとっくに日本です。。

幼なじみに中学時代の同級生。高校時代からの友人、短大時代の友人、こっちで縁あって出会った人たち。子供のお母さん仲間。若いときに一緒によく遊んでくれた友達。勿論、親、兄妹。と、甥と姪たち。

とーっても欲張って色々な人に会う予定。前回のように一人じゃなく、家族旅行だけど。会える人には会っておくのが信条です。無理したって会えない人は会えないんだから。

今回友人に『日本に行くのよ~』と言ってる私がいました。もう『帰るのよ~』と自然には出てこなかった。コレが9年の歳月かな。

日本の歴史や地理を学ぶ機会の無い子供たちにとってよい、機会になりそう。”百聞は一見にしかず”ですね。世界遺産では白川郷、日光東照宮、姫路城、広島原爆ドーム、厳島神社、京都、奈良の沢山の寺などを回り、箱根の温泉に泊まり富士を見て、東京では秋葉、浅草、築地、六本木、銀座、原宿、ディズニーランド。最後には今まで行ったことの無い出雲大社へ神有月ですしね。出雲は。。

楽しみです。3年前より5キロも太ちゃったけど。食べ物ははずせないので辛いです。でも有り余る幸せなので、もう、どーんと飲み食いして楽しみたいと思います。

日本のみなさん、お世話になりまーす!!
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by sonnenblumensan | 2009-09-13 23:34 | 郷愁

2009年 秋

こどもたちが日本に行ったのは2004年のこと。私は2006年にひとりで行ったけど、それでももう3年前になる。

東京で学生生活を送っていた頃、故郷は遠くにありて思うもの。帰るところにあるまじや と言う室生犀星の本を好んで読んでいた。正に、私にはそんな感じがぴったりだと、それは今でもそうなんじゃないかとも思う。

年が行くほど、望郷の念が強くなると、国際結婚した私に叔父が諭したけれど。それはそれで国際結婚する以上、自分の選択に責任を持つしかないと思ったものだ。ある種の覚悟を決めたのもその時。

例え、国際結婚でなくても、夫の仕事の関係で故郷を離れる人は犀星の時代の比ではない。

ただ、行きたい時はいつでも行ける時代ではあるけれど、環境は人それぞれで。私の場合も来年僕ちゃんが受験生になったらやすやすと親子で日本旅行とは考えにくい。豪ドルが破格の安値で実際損する感は否めないけれど、今年を生かせなかったら、おそらく、今後家族で日本はかなり難しくなると思う。

そんなことを言っている間に、母も年老いていくし。時間と言う川の中に生きている以上、止まっていることは出来ないし。
私の好きな5月ではないけれど、2番目に好きな10月に行けたらいいな。でも多分、9月。

私の中ではたった5年の月日でもこどもたちにとっての5年は長い。かなり、色々なことを忘れているし。特に僕ちゃんにとってはアイデンテティの確立に悩むような年になってきたし。私の与えてやれる最大限の日本を味あわせてやりたいとも思う。

ネットのおかげで日本の情報はすぐに入るし、日本で流行の歌も聴けるし、メルボルンでカラオケだっていける。漫画も読めるし。You Tubeで懐かしい歌も聴くことが出来るし。

でも日本は遠いな。。と思う。

何もなくても傍にいるだけで暖めることが出来る関係。傍ににはいられないけれど、思うことで続けていられる関係。親子、家族、恋人、友達。全てに違う環境と、同じ思いがあり。そんな思いが望郷の念を駆り立てるのかとも思う。

今度はいつ?

そんな不安を抱えていても、それはそれで乗り越える覚悟が必要になると思う。異国で生きると言うことは日本で生活していないということだ。
自分の選択は自分の責任では有るけれど。人生は自分の選択である以上、自分で変えられると言うことを腑に落としておきたいものだ。

私たちはきっと新しい日本との出会いをするのだろうと思う。私にとっては遠きにありて思う故郷には代わりは無いけれど。子供たちにとっては母の国になるのだろうなあ。。。

満喫したいと思う。
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by sonnenblumensan | 2009-03-02 20:44 | 郷愁

摩訶不思議

父の命日に母からの便りと贈り物が届いた。
ちょうど海苔の佃煮を作ったばかりだったのに、母からの荷物の中には岩海苔。のりの佃煮が3つも入っていた。
シンクロだねぇ~。しかも父の命日に届くあたりが。。。

母からの贈り物を受け取るようになったのは学生となり、上京したときからだ。
ダンボール箱の中に、実家で取れた野菜や米、時には味噌なんかも入っていて。頑張りなさいの意味をウーンと込めた手紙が必ず入っていた。方言をちりばめた粋かしたその手紙はなんとオーストラリアにも持ってきた。捨てられないもんね。今も昔もありがたき親の愛。親の愛には感謝いっぱい♪

今でこそ、米や野菜は送ってもらえないが、今回は私の子供たちへの日本の本、漫画、日本のお菓子など、送ってくれた。無理すればこちらでも買えるけど、なかなか手に入りにくい物ばかりだ。本当にありがたい親の愛だ。いや私へのものはほとんどないので、祖母の愛だ。

スイスの義理パパ&ママもスイスのチョコなど送ってきてくれていたが、ほとんど変わらぬ値段でスーパーで手に入るし、ダーリンが『もったいないからやめたら』の一声で来なくなった。それでも愛情は今もちゃーんと届いている。(孫への)

私たちにとって移住という形をとったのは一つの挑戦のようなものだった。私とダーリンにとってはニュートラルな土地でお互いが助け合わなければ、どちらかが依存していてはやっていけない。フェアでもあるし、自立も促される。ただ、親戚縁者が皆無と言うのは不安もあるし、子供たちにとっては自分たちを愛してくれる祖父母が誰もいないというのは大きなマイナスのようにも思えた。孫と遠く離れ離れにさせてしまうのは親不孝だとも思えた。私の父のように亡くなってしまえば、同じことだけど。何れにしても、親は年老いていくし、親を頼ってばかりはいられないので自分たちの居場所を安定させるには避けられなかった選択だ。

遠く離れていても、贈り物の箱の中には愛情も溢れていて・・・
子供たちには、肌触れ合うことが出来なくても愛情は育まれることを学んで欲しいと思う。
父は亡くなっているけれど、僕ちゃんには父との多くの想い出があるし。ハニーちゃんにもわずかながらに思い出はあるようだ。写真やビデオを残しておくと亡き人を偲びやすい。

父が亡くなる前、意識が戻ったときに話せたのは数えるほどしかなかった。まだ朦朧としているらしい意識の中で、死が近づくにつれ父は懐かしい名前を頻繁に口にするようになった。
亡くなった祖父が廊下にいるとか。亡くなった叔母が昨日来たとか・・・・亡くなっている人ばかり。。お迎えが近いのかとも思った。
窓から見える空にも色々見えているらしかった。赤い風船や、大きな飛行船や、ヘリコプターが窓の前に来ているらしかった。勿論そんなものは私には見えない。でも、父に見えないよというと、ばか者!あんなに大きいのに見えんのかと怒り出した。

その数日後父は亡くなった。

今頃、空を自由に飛んでいるのだろうか・・。

遠く離れて墓参りもままならないが、離れていても、亡くなった今も、感謝の日。
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by sonnenblumensan | 2007-06-08 22:37 | 郷愁

五月晴れ

5月に思うこと、
五月晴れ、八十八夜=茶摘。
早苗、田植え、かしわ餅。風薫る、新緑の頃。
山の蒼が萌え、ツバメが訪れる。

5月に生まれたからか、5月の風景が好きだ。

5月病なんてのもあるけど。5月って新しく生き始める感じがしてた。
山の伊吹を感じる春。そうして初夏。

メルボルンの5月は秋の深まる頃。
色々なものが終わりに近づいて行くとき。
今年のメルボルンは暖かい。秋といえども、まだ春のような暖かさで。

いつも4月5月は季節感が狂う。
気持ちは春。周りは秋。何となく、違和感。

郷愁にふけるのはやはり、秋だからだろうか・・・

夜が長くなってきた。熱燗が美味しい季節ね♪
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by sonnenblumensan | 2007-05-02 22:20 | 郷愁

新宿梁山泊

行ってきました~(>O<)
新宿梁山泊のメルボルン公演。。アングラ劇めぐりをしていたのは今から20年も前。
結婚してから、劇団四季とか、バレーの公演なんかには行ったけど、アングラからは遠くと遠く遠ざかっていたから。超が100回くらいつくほど久々!!

フェデレーションスクエアのアッパーテラスに特設されたテントで。

私の見ていた頃のアングラは60年の安保の時代も終わっていたし、(勿論)寺山修司もなくなっていた。One movementが終わったあとの頃だったのだと思う。
寺山修司の影響で泉鏡花を読んだり。書を捨てないで町にも繰り出してた。第三舞台や、万有引力。下北のスズナリなんかへも良く足を運んだなぁ~。あぁ、懐かしい!!!

一緒に行った会社のボスは、その安保の真っ只中に青春を送った人。色々良くご存知で。
充分楽しめました!!カメラを忘れて本当に残念!!!

テントに入ったときは汗だくで、うちわを貰ってる人が羨ましかったけど。帰りは寒かった~。
Cool Changeがきましたよ~。昼間の35度から、一気に20度下がる今夜。。。。身体もちません・・・芝居が始まって暫くしたら、豪雨と雷で一時休止になりました。テントなので雨音がはがしく聞こえてました。でも、始まる直前に雨音がしはじめた時は、会場から拍手が沸き起こりました。天の恵みに感謝の拍手。メルボルンの水不足は深刻で1月からステージ3(水制限)になります。

然し今日は、子供たちの夏休みが始まり、昼ご飯と晩御飯作り。ろくろくお昼ご飯も食べずに、仕事へ行って。仕事がまた、激、忙しくて。それでもなんとか7時に間に合うように会社を出て。食べないまま帰ってきたのが11時過ぎ~~。

朝作った冷たいチャーハンの残りがこんなに美味しく感じたのも久しぶりだった。。。

懐かしく、文化的な日。今日は私へのクリスマスプレゼントでした。
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by sonnenblumensan | 2006-12-22 22:46 | 郷愁

幼なじみ

今回の帰省にあわせて、高校の同級生が数人集まってくれました。
いやー、懐かしかった♪みんな、おっさんになっちゃって~。ま、こっちもオバサンになってるからお互い様だけど。

高校生の頃、たけちゃんマンががちょーんって言ってたころ。
授業で先生に当てられて、答えがわかんないどころか、問題も上の空で聞いてなくて、思わずがちょーんと、小声で言ったつもりが、結構聞こえてしまって、大爆笑に。。。
恥ずかしい思い出ですが、今でも、当時のクラスメートの男の子達にはがちょーんと呼ばれてしまう。私のがちょーんな人生は17歳で始まっていたのね。。
居酒屋花子を経営している友人が音頭を取ってくれて。ほんと、楽しく、大騒ぎの夜!
その後、『カラオケ行くぞー!!』号令の元、みんなでカラオケ~。高校のときの野球部のノリ!!午前様、お疲れ様です!!
みんなの飲みっぷりにまたまた、感激!私もしっかり飲みました~。そうして帰省、2回目の二日酔い(--;)
居酒屋花子で、卵の形の卵のプリンをご馳走になりました。一体どうやって作ってるんだろう~?殻も割ってないのに、中味はプリン・・・
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集まりの中に、なんと4歳から18歳まで同じ学校(保育園も)に通ったT也君が。彼がそう言ったから気がついたけど、それって結構凄いかも。。。なんだか知らないけど、感動しました。その14年間に同じクラスだったのは、なんと10年。。かといって別に仲が特別良い訳でもないけど。でも、絶対一生、忘れない人の一人だね。
亡くなった同級生の話も出てた。哀しいけれど、事実は避けて通れないね。
この先も、どんどん色々と、見つめて、受け入れて、乗り越えなくてはいけないことがおきるんだろうね。

その後、こちらも幼なじみのねこてきさんと岩盤浴へ~。
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積もる話に、汗水たらたらで、超。超。超気持ちよかった~~。愚痴聞いてくれる友達もありがたい!というか、聞き流しのプロかね?癒されました~。
溜まってたアルコールも抜けました!
そうして、ゴマいっぱいの坦々メン。日本人でよかった~。
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そうして、今日も思い出しては幸せをかみ締めています・・・

皆さん、どうもありがとう♪
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by sonnenblumensan | 2006-06-26 23:42 | 郷愁