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Time-Consuming

夏は来ぬのぬは古語の助動詞の終止形で完了を表すので『来た』という意味を、今どきの若いもんは夏は来ない歌だと思ってるという話をきいて、言葉って変わるものだから仕方ないよな、、、と思うし、夏は来ぬのこと位、学校で古典の時間に例文にでもされてやってるだろうから、ちゃんとまじめに授業を受けてる人は知ってるはずだと思う。まじめに授業を受けてなかった私でも知ってる。

で、メルボルンにもようやく夏がやってきた!
仕事場でクーラーが入ったし、自宅でもEvaporative Cooling Systemという自然な風に近い穏やかな冷房を入れているので、30度を少し越すくらいの暑さにはちょうどよい。
さすがに40度を超える日はあまり効かないんだけど。

いまの所この夏一番の暑さだった昨日。行ってきましたYarra Bendのゴルフコース!またまた18ホール!!!!
このゴルフ場はパブリックなんだけど、広くてUp Downがあって芝の状態もほかのパブリックに比べるととってもよいと評判のところ。

難しいけど、(ぼろぼろだったけど)超!楽しかった~~。でしっかり肩が真っ赤に日焼けして。風もすごい日だったのでもう終わったら汗とほこりでどろどろだった。

下手っぴな私にいつもお付き合いくださる年配のAさん。ゴルフはマナーのスポーツなのでいろいろなマナーを教えていただいて助かってる。

御年還暦は越えておられるが今でも100を切るゴルフをされる。(ひょっとするといつもはもっといいスコアかも)

私はゴルフをしたりお友達とお茶を飲んだりランチに行ったりディナーに行ったりするために一生懸命時間を作る。彼女は時間をつぶすためにゴルフをするという。
ご主人の出張も多く一日何をして時間をつぶそうか考えるという。それが辛いことなんだそうだ。
ほんの少しばかり羨ましくもなる。彼女は3人の子供を育て上げお孫さんも何人かおられる。子育て時代は当たり前のように忙しかったそうだ。日本におられたらお孫さんの相手や、コミュニティーのことでお忙しい環境だろうに。

ゴルフはTime-Consuming(時間を食う)スポーツだ。18ホール回ると私の腕前では4~5時間はかかる。せっかちな私だけどその日だけは思い切りゴルフだけに打ち込めるいい時間だと思う。
もう、しばらくはゴルフにはまっていそうな感じ。わたしにとっては良いTime-Consuming.

時間つぶしと言えばゲーム!色々といっても3つくらいゲームやってたけど。MixiでもFacebookでもお友達とゲームをするけど、若い人ほど早く飽きるな~て言うのが実感。同じゲームをいつまでもやってる人は30代半ばを超えた人だね。ま、人にもよるけど。

メールをチェックするたびにゲームをチェックするくらいわたしにとってはなんでもないことだけど
さすがに3つは面倒くさい。ちょっと減らしてまた読書に回そうと思う。
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by sonnenblumensan | 2010-11-25 20:48 | 徒然

去るものは追わず

去るものは追わずというよりも、去るものを追えない環境ってあるんだな。メルボルンで知り合って、日本にお帰りになる方々。

ここのところ、送別会のオンパレードで。送るほうって、本当に淋しい。。
一人じゃなくて、まとめて2-3人ってどうよ!

日本にいたときも何時も送るほうで、たった2回だけ送られる側だった。送られる側は新地の環境の下調べとか。今いるところの片付けやら。送別会もいくつこなすか数え切れないほどで実際、淋しいけど、そんなこと言ってられないくらい忙しいと思う。

葬式と同じで渦中の時は寂しさを感じる暇もなく、終わってホット一息したころにどっと淋しさが打ち寄せてくる。

今週は水曜日にお休みを貰って、朝からハニーちゃんの歯医者さんへ行き、帰って洗濯物を干してから、帰国される友人とのFarewell Golfへ行った。。なんと18ホール回って終わったのが4時半。その後家に帰って食事の支度して。夜には明日荷物が出るという別の友人宅のお手伝いへ行った。目が回るかと思うくらいに多忙の日だったけど少しでもお役に立てば嬉しいし。
実際私が日本を発つ時は沢山の友達が手伝ってくれて。幼いハニーちゃんや僕ちゃんを預かってくれる友人、掃除に来てくれた友人、捨てようかどうか迷ってるものをぱっぱと処分してくれる友人。
色々な方に助けてもらった。今でも感謝。

明日はそのお友達のFarewllのディナー&カラオケを企てていて。忙しいけど。普通にしてると寂しいジャン!

先日また、別の送別のディナーでポルトガル料理の店に始めて行って。楽しいひと時を過ごしてきた。
こういう、ひと時の思い出、大切にしたいなと思う。何事も永遠ではないからこそ。

その友人がその時の写真を送ってくれて、あー。(泪)また一人、友達減っちゃう。。って。。
減らないんだけど、遠くに離れるだけなんだけど。共有する時間がなくなるってことなんだな。

縁があれば、またいつか会えると思うし。また、新しい友達も出来ると思うけど。
その人、その人は世界に一人だけで、だから出会いは尊くて、それぞれの存在に意味があるのだと思う。

思い出をありがとう。楽しい時をありがとう。
世の中は無常であるからこそ、一期一会なんですね。
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by sonnenblumensan | 2010-11-19 21:07 | 徒然

ドキッとしたこと

いやいや、何ら色気のある話ではないのですが。

ハニーちゃん、やっとやっと150CMに達しました!!
せめて150CMあるといいなぁ~と思っていたので親子で大喜びしました。まだまだ、細くてでる所もでてない子ですが、このところだいぶ女の子らしくなってきました。うん、やっと何とか中学生に見えるぞ、最近。

足も幅は狭いけど。サイズは私と同じです。24センチ。いっぺんにタップシューズ、ダンスシューズを買い換えなければならず、嬉しいやら懐が痛いやら。

スニーカーも水着も、買い替え時期に突入。今まで成長が遅かった分、一気にきました。これからの1年で10センチくらいのびるといいんだけどな~。(お金はかかるけど・・・歯の矯正もしてるし)

ハニーちゃんにはかわいらしいBoyFriend もいるし。なんだか、最近口調が大人びてきた、というより、反抗期!入りました~~~。
まあ、朝からああいえばこう言う。怒鳴れば怒鳴り返され。性格がわたしに似て引くことをしません。親子で朝から勝ち負けを争うような会話です。
僕ちゃんは言い返したけど、なんだか、『しょうがないなこのママだから』ってあきらめてくれてた気がする。

朝からぬボーっとおきぬけにお弁当をこさえていると、”Are you having sex?"
って度肝を抜かれる質問が。はぁ??何でそんな質問なの?ってちょっとうろたえて聞くと
私が洗濯機入れるのを忘れないようにと洗濯室のドアノブにブラジャーを引っ掛けたのを指さして、
『だって、下着がドアノブにかかっているじゃない。』って。

どういうことかと聞くと大学生になってルームシェアをする時、恋人がきてSEXをする時邪魔しないでという合図なんだそうです。
知らなかった~~!!

え~そうなの??といえば、え~ママ知らないの??って。。。。。
知りませんでしたとも、そんなことを貴方が知ってることも。。
まだまだ、SEXは気持ちの悪いことだそうで。ま、良かったけど。しかし、結構子どもの口からそんな言葉を聴くとドキッとしますよ(汗)

反抗期の子どもって。性と多いに関係しますね。
親がどんな綺麗ごと言ったって、親のSEXで子どもは生まれてることを思春期の子どもは知ってるわけで。それが気持ち悪かったりウザかったりするのもあるのだと思います。目を向けたくない、想像したくない事実、なんでしょうね。なので触れてはいけないタブーのようになってしまうのだと思います。性教育を親子でするのは両刃の剣に思えます。プロか他人にしてもらうのが一番リスクが少ないかも。親の言うことだけは聞かないと決めてる子どももいるんじゃないかと思います。


ハニーちゃんと言い争ってるとダーリンにティーンが二人いるみたいだからお前が大人になれよ~なんて諭されて。押してもだめなら引くことも大事と思った次第です。
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by sonnenblumensan | 2010-11-15 21:36 | 子育て

責任の所在

わたしの気持ちは私の責任と思うと、あきらめもつくし、腹も立たない。と時々思う。

自身の感情は『思う。感じる』ことから出来上がる。言うまでもなく『思う。感じる』は動詞だ。自動詞。自分自身で変えていけるもの。(かな?)

感覚的にものを言ったあとで、しまったと思うことは多々ある。感覚的だと誤解も受けやすい。取る方も感覚的にとるから。でも日本語だと論理的に説明することもできるし、明言を避けたい時は感覚的にものを言えばすむ。汲み取ってね。と願いながら。。。

英語で感覚的に表現ってなんだろう。
若者がいつも説明時につかう”YOU KNOW...."(ほら、わかるでしょ?)とか、Like...(~みたいな)かな。
英語って論理的な言語だとつくづく思う。きちんと言わなければ伝わらないし。論理的に英語で人を諭せるほど、或いは議論できるほどの力がないと思うし、かと言って詩的にあるいは感覚的に表現する術も持っていないと思う。私自身は今でもコミュニケーションで躓いているのは否めない。でも、そのコミュニケーションが重大か、重大でないかの結果があるだけ。
そう考えると、人の命に関わる医療関係の人のVISAの取得にIELSの7レベルが課せられているのは最もだと思う。常に重大な結果を引き起こす。国際会議で通訳がつくのも当たり前。通訳になるのにソウトウな能力を必要とされるのも当たりまえ。。

多分、日本語も同じくで、しっかり日本語でコミュニケーションが取れたとしても、そのコミュニケーションが重大か、重大でないか結果があるだけ。
そしてそこから受ける、良い感情か、良くない感情かは私が選んでる。おそらく。
恐らく、は文字通り、恐れをなして考えてる、『こう思われたら嫌だな』と。
それだから、一言、ごめんね。で、断れば済むものを出来るか出来ないか考えて、断る時に労力を使う。心も疲れて心労だ。

日頃から、できることはやろうと思うし、出来ないことは出来ないと言おうと思うけど。出来ると思って引き受けてできない時に罪悪感。もう、結構、年の功で、さらっと方向転換して『ごめんね、やっぱりダメだった』って言えるようになったけど。。

出来る、出来ない、断る、断らないで反応的になることは自分の責任だということだ。

出来ても出来なくても、断っても断らなくても、思いやりで行動すれば自分自身にも折り合いがつく。利用されたとか。使われてるとか。してやったのにとか。そういう言葉と出会わないで済むと思う。
これって自己満足なのかもしれないけど。自分の気持ちの責任は自分にありだから。それもOKなんだな。

無理にじゃなくて自然に、心地よい言葉を選んでいけるといいなと思う、今日この頃・・
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by sonnenblumensan | 2010-11-14 21:30 | 徒然