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残念な日本

9月、1年ぶりの里帰りを果たしました。
Jet Starの成田ーメルボルンの就航で、とってもお得な値段がでたので、会社や家族に有無を言わさず、さっさと買って、事後報告。
といっても、仕事は自分次第なので大丈夫なことは目に見えていたし、実際、誰の手を煩わすこともなかったようです。
年20日頂く有休は、全部消化しているわけじゃないけど、それは私の都合でしていないだけのことであって、仕事に穴が空かなければ何の躊躇もなく、休めます。
日系企業ですが、現地法人ですから、基本権利は守られていますし、私よりも上司たちが自由奔放なので、とても楽をしています。杓子定規ではなく、Practicalです。
ありがたいことです。

家のほうが娘の撮影の仕事や、学校や、試験や、、、で大変そうだけど、チケット取った時はダーリンがいるからいいわーと思って気軽にでも、短めの一人旅にしました。
結果的にはダーリンにも日本への出張がはいり、子どもたちだけで1週間過ごすことになりましたけど。

日本にいた時は日本の息が詰まりそうな社会に、杓子定規的な人の多さ、長いものに巻かれ、出る杭は打たれ、とにかく人と違うことをひたすら恐れなければならないような社会に、辟易していました。
反対にこちらに来れば、そういう民族性だから、きちんと電車は来るし、宅急便も時間指定ができるし、ずるをする人が少ないというか(村八分にならないようお互いを監視していると言うか)勤勉は素晴らしい!!と改めて思いました。
幸か不幸かのデフレで美味しいものが安く食べられ、生活費も安くて、インフレの激しいオーストラリアの足らないところが日に日に大きくなっていきました。。

私は日本の食文化、着物など衣服の文化、昔の田舎の暮らし、歴史、田園の風景、都会の風景など独特の文化や風景に強く郷愁の念があるので、日本に帰るとなると、いつも手を出しすぎて中途半端で終わって後ろ髪を引かれています。
それに、こだわりの物づくりの美しい工芸品や、アイデア商品など、マテリアル的なものでは刺激され続けます。
そういえば子供たちが小さくて専業主婦だったころ、買い物中毒、本中毒になりかけてました・・
日本にいても、オーストラリアにいても批判的に足りないことや無いことを見てしまう私ですが、反対にどちらにも魅力はあって。いいところにフォーカスできる人はどこへ行っても幸せに暮らせるのだと思います。

要は、無いものに”執着しない”ことが大切なのだなあと思うわけです。

日本は何でもそろっていて、コンビニのおにぎりも美味しいし、安くていい!!とはよく聞きますが。確かに100円ショップに始まり、量販店の衣服など、バーゲン品がこちらに比べれば断然多いと思います。でもコンビニのおにぎりは最初の一口は美味しいけど、あとはやっぱりそうでもないし、添加物だらけだし、サイゼリアのチープなワインはチープな味だし。やっぱり日本でも "you get what you pay for" なのです。

でも、ランチのお弁当が2千円とか、焼肉食べて3千円とか、やっぱり、安くて美味しいものは一杯で。私の日本での幸福感はほとんど食べ物のおかげなのです。
旨い日本酒に酒の肴、大切な人たち。私に必要なのはこれだけ!といつも思えて、後ろ髪を思い切り引かれながら、あーン!もっと日本にいたいよーと泣きながら帰ってくるのです。

が、こちらへ帰ると、別の安心感が。。
思うに、権利が守られていることや、社会的な成熟による自由さからくるのだと思います。

上司が残るから残業とか、残業を強いられているのに残業代がでないとか。産休や育児休暇や有給休暇が取りづらいなんて、基本的な人権が守られていれば、お互い様で、自分の権利も相手の権利も守られて当然なのです。しかも社則にもなっているのに、名ばかりで取れないとか。仕事ができないと言われるとか。

パワハラや、モラハラはこちらにもありますが、有休があるのにとれないなんていうのは聞いたことがないし、みんな自分のために働いているので会社の奴隷ではないわけです。そういう平たく言えば人権に対する意識が圧倒的に足りないのが日本の社会に思えます。とても残念な日本です。
我慢して仕事をする人はどちらの国にも一杯います。でも基本的なところを法によって守られているので、有休が取れないなんて会社はすぐに訴訟です。
我慢してはたらいて、一生懸命遊ぶ人も多いこの国。勿論仕事人間だっていますが。

日本のお互いを思いやり、電車の奥までつめるとか、列にきちんと並ぶとか、そんな配慮を会社でもお互いが休めるように配慮すればいいのに。。と思います。
こっちでは電車がいくら混んでいても人は他の人などかまわず自分の立ちたいところに立つし、ごみは、道路に捨てるし、日本の爪の垢でも煎じて飲んでもらって、その超個人主義に他者への配慮も加えようよーーと言いたくなることもあります。

隣の芝は青く見えるだけなのかしら・・・


・あなた自身を大切にするように私も大切に扱ってください。
・私を大切にしてるので貴方も大切にしてあげます。

後者のほうが強い感じがしますね




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by sonnenblumensan | 2014-10-24 21:47 | 郷愁

I Dreamed a Dream

去年の5月に膵臓癌の末期宣告を受けたお友達のヘレン。

癌と闘うということに書きましたが、小さな子どもたちを残して死ねない!と、とてもポジティブに、闘っておられました。
私も出来ることはしようと高額の治療費の募金集めのお手伝いをしたり、しましたが。
力尽きたと言う言葉が、そのまま、当てはまるように、静かに息を引きとられました。
最期の体重は25キロほどだったとか。壮絶に癌と闘い続けた彼女に、安らかに眠って欲しい・・そんな思いしか見当たりません。。

お葬式ではなくてヘレンの生を祝う会、に行って来ました。
それでもやっぱり、穏やかさの中に深い悲しみが漂って、小さな子どもたちをみると胸が張り裂けそうになりました。
ご主人は微笑み浮かべ、やっと安らかになった妻への言葉を述べられていましたが、、後に残されるものは残されるもので悲しみの深さは計り知れず、
逝った人はどんなに心残りがあっただろうか。。と思ってしまいます。
それでも、死を覚悟していた彼女の微笑んだ写真は病状が見て取れるほど、痩せているのだけれど、美しく、力強かった。。心から、安らかにーーとお祈りします。

彼女の場合は生きることが夢になって、夢が破れてしまったのだけれど。
夢がある人は素敵だとつくづく思います。
夢って見るものだし、それを追いかける、そんな冒険が出来る人は本当に輝ける人だと思うのです。
夢が破れた時を思うと怖くて何も出来ないより、追いかけなくて後悔するより、だめもとで突っ込んでいける、それが若さでもあり、強さでもあり。
夢は若者だけのものでもありません。ちょっと古いですがスーザン ボイル が I Dreamed a Dream を歌って世界を魅了したのは感動ものでした。
彼女はその時47歳。

娘も舞台女優になりたいなんて大きな夢を持っていますが、応援だけはしています。取り立ててなにもしてないけど、無理とか、やめろとかは言いません。
追ってる娘がいじらしいし、やっぱり生き生きしてるから。好きなことは簡単にあきらめて欲しくない。
夢を見られるだけでもすごいと思うし、それを口に出せるのはまた、勇気あることだと思うから。
反対にちょっとやそっとでへこたれたり、投げ出したりするのならちょっとがっかりです。

誰にも明日生きる保障はない。そして人生は短いかもしれない。。
過去を悔やんだり、将来を不安に思ったり、過去や未来に飛ぶ必要はなくて、今を精一杯生きること。
今、目の前にあることを出し惜しみせず、全力ですることが、明日につながり、悔いを残さないのだとつくづく思います。
夢と言う立派な夢が無くとも。100%生きる。それが私たちにもできることじゃないかな・・

夢を追う人は美しい。。



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by sonnenblumensan | 2014-10-06 21:23 | 徒然