摩訶不思議

父の命日に母からの便りと贈り物が届いた。
ちょうど海苔の佃煮を作ったばかりだったのに、母からの荷物の中には岩海苔。のりの佃煮が3つも入っていた。
シンクロだねぇ~。しかも父の命日に届くあたりが。。。

母からの贈り物を受け取るようになったのは学生となり、上京したときからだ。
ダンボール箱の中に、実家で取れた野菜や米、時には味噌なんかも入っていて。頑張りなさいの意味をウーンと込めた手紙が必ず入っていた。方言をちりばめた粋かしたその手紙はなんとオーストラリアにも持ってきた。捨てられないもんね。今も昔もありがたき親の愛。親の愛には感謝いっぱい♪

今でこそ、米や野菜は送ってもらえないが、今回は私の子供たちへの日本の本、漫画、日本のお菓子など、送ってくれた。無理すればこちらでも買えるけど、なかなか手に入りにくい物ばかりだ。本当にありがたい親の愛だ。いや私へのものはほとんどないので、祖母の愛だ。

スイスの義理パパ&ママもスイスのチョコなど送ってきてくれていたが、ほとんど変わらぬ値段でスーパーで手に入るし、ダーリンが『もったいないからやめたら』の一声で来なくなった。それでも愛情は今もちゃーんと届いている。(孫への)

私たちにとって移住という形をとったのは一つの挑戦のようなものだった。私とダーリンにとってはニュートラルな土地でお互いが助け合わなければ、どちらかが依存していてはやっていけない。フェアでもあるし、自立も促される。ただ、親戚縁者が皆無と言うのは不安もあるし、子供たちにとっては自分たちを愛してくれる祖父母が誰もいないというのは大きなマイナスのようにも思えた。孫と遠く離れ離れにさせてしまうのは親不孝だとも思えた。私の父のように亡くなってしまえば、同じことだけど。何れにしても、親は年老いていくし、親を頼ってばかりはいられないので自分たちの居場所を安定させるには避けられなかった選択だ。

遠く離れていても、贈り物の箱の中には愛情も溢れていて・・・
子供たちには、肌触れ合うことが出来なくても愛情は育まれることを学んで欲しいと思う。
父は亡くなっているけれど、僕ちゃんには父との多くの想い出があるし。ハニーちゃんにもわずかながらに思い出はあるようだ。写真やビデオを残しておくと亡き人を偲びやすい。

父が亡くなる前、意識が戻ったときに話せたのは数えるほどしかなかった。まだ朦朧としているらしい意識の中で、死が近づくにつれ父は懐かしい名前を頻繁に口にするようになった。
亡くなった祖父が廊下にいるとか。亡くなった叔母が昨日来たとか・・・・亡くなっている人ばかり。。お迎えが近いのかとも思った。
窓から見える空にも色々見えているらしかった。赤い風船や、大きな飛行船や、ヘリコプターが窓の前に来ているらしかった。勿論そんなものは私には見えない。でも、父に見えないよというと、ばか者!あんなに大きいのに見えんのかと怒り出した。

その数日後父は亡くなった。

今頃、空を自由に飛んでいるのだろうか・・。

遠く離れて墓参りもままならないが、離れていても、亡くなった今も、感謝の日。
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by sonnenblumensan | 2007-06-08 22:37 | 郷愁
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